楽しさを伝えられる人から楽しさを見つける術を学ぶ

「日曜も学校あれば良いのに~」という息子(中1)。

友達や部活が楽しいのは勿論だが、授業が「面白すぎてヤバイ」という。

朝、「今日は生物と社会がある!」等と飛び跳ねるようにして出掛ける。

どの科目の先生も皆、楽しそうにマニアックな自分の専門の話をしているらしい。息子曰く「先生が一番楽しげ」らしい。自分の恩師たちもそうだったな〜。

1時間ずっと森鴎外について語り続ける現国とか、雑談しかしない宣言している社会とか、数十カ国語を話す旅する何科?の先生とか、教科書使わない謎の数学とか、最先端の遺伝子研究について語り続けたかと思えば、毎週、鶏やら何やらの解剖してる生物とか。

楽しげな話のお裾分けだけで、私も楽しい。ってか羨ましい。

結局、楽しんでいる人にしか楽しさは伝えられないんだろうな。

苦手科目は

保護者会で「苦手科目をどうしたらよいか?」と訊ねられた先生が

苦手なものに自分なりの楽しみを見出す姿勢を持って欲しい」と仰った。自分の中学時代のことを例にあげながら。

「心の動きがあって初めて、学んだことが身につくから、無理やり勉強させないで欲しい」という考えも私がずっと感じてきたことと同じで嬉しくなった。

子どもたち自身で考えさせて、自分で気付くまで、どんなに愚かでアホなことをしてもじーっと気長に見守り続ける、という姿勢の先生方に保護者の側が感化されていくのが良くわかった。

忍耐強く見守るのが苦手なら、共に見守ってくれる人を見つければいいのだなぁ。

思春期反抗期の子どもたちに家庭の外の師匠を見つけてやれたら、私の仕事は半分終わったも同然、と思えた。

楽しさを伝えられる人から、楽しさを見つける術を学んで、いつか「楽しさを伝えられる人」になれたらいいな、子どもたちよ。