どうして子どもは勉強しなきゃいけないの?と聞かれたら、答える代わりに部屋に転がしておく本。

我が家のリソースは非常に限られている。
時間もお金も労力も、3人の子ども(と私と)で奪い合っているのが現状だ。

だから、勉強なんかしたい人だけすればいい、と言ってきた。
実際には「やらなくていい」と言われると天邪鬼なもので「やらない」と言う人もいないのだけれど。

そうはいっても、子どもも大人も遊ぶほうが楽しくて、勉強をしないですむ理由を探したくなる時がある。

そんな時「どうして、勉強する必要があるのか?」という問いがわき出てくる。

我が家には
「どうして、子どもは勉強しなきゃいけないの?」と問われた時のために転がしてある本がある。

様々な分野の専門家が、子どもにむけて勉強する意義について説く前半部と保護者にむけて勉強する、勉強させる意義について説く後半部で構成されている。

正直「ふーん。そういう考えもあるかもね〜」程度で、たいして共感できないところもある。

そこが良い、と思っている。

私淑

「あー勉強したくねー」と叫んで

両親から「じゃ、やめれば」と返された息子が

「なんで学校なんてあるんだろー、なんで勉強なんてあるんだろー」と言いながら、

うろうろして、本を持っていった。

寝っ転がってパラパラ読んで

「あーなるほどね、勉強やる気んなったーー」

と言って本を置いていく。

んなアホな、そんな即効性ある訳ないじゃろーー!

後でそっと見てみたら、
荒俣宏さんのページに紙がはさまっていた。

元々、荒俣事典をこよなく愛する息子には、

『「なぜ勉強しなくちゃいけないのか」なんて難しい疑問に気付くことができたキミはすでに「最強の動物」になったと思ってもらってかまいません。』

という荒俣先生の言葉が嬉しかったのかもしれない。

荒俣先生流「嫌いなことも興味あることに結びつけて、嫌いな科目を無くす方法」が、響いたのかもしれない。

その辺は、息子と荒俣先生の対話なんで
わからないし、訊かないけどね。

個人教授

というわけで、

勉強する理由は人それぞれ
子どもに響く勉強の意義もそれぞれだ。

「どうして、子どもは勉強しなきゃいけないの?」
と問われたら、
「バーカ、義務教育だからだよー」とか
「つべこべ言わず、宿題しとけやー」と

答える代わりにその辺に
子どもと対話してくれる個人教授を
転がしておこう。

自分がイラっとしなくてすむし、
本の形で場所もとらないからね。