隣にいるはずの我が子は、繁華街の入口に立っている


SNSいじめ防止の講座やアプリ、資料を見聞きし、怖いな、そして手強いなと思っていた。
でも所詮は他人事だった。
まだ、小5だし、インターネットに頻繁に繋がる環境には触れさせてないし、スマホだって持たせてないし。

うちの子に限って。

いやぁ。
甘い、あまあま。
みたらし団子に餡子のせて、チョコレートかけた上にメープルシロップとシュガーかけた位、甘かったですわね。

学校で流行ってるゲームをやりたい、と娘(10)にねだられて古いiPhoneにインストールしたのが数ヶ月前。
結局、一週間と経たないうちに約束破った息子のせいで、激怒した母に消去されたのだが、クラスでのゲームの流行は続いていた。

ゲームの中にはチャット機能がある。
LINEイジメがニュースになっても
まだ子どもたちLINEやってないしねー、と親同士話していたけど。
子ども達は皆ゲームの中でチャットしていた。
あぁ、そうか冷静に考えたら全然普通のことだったのに盲点だったな。
ゲームのインストールをねだった時、娘はチャット機能があることなど申告しなかったけど、そんなのゲームの一部として当たり前の時代なのだ。

ちょっとちょっと

チャット出来るようになるには戦いを経て強くならないといけないので、一週間でアプリを消去された娘は皆の話を聞くだけだ。
しかし、インターネットリテラシーを学んでも、
危険を承知で、チャットに参加してみたいらしい。
クラスの子たちがチャット内でどんな様子なのか
聞いてきては楽しげに語る。
否定したら何も話さなくなっちゃうから、
こちらも「へー面白いね」とただただ聞くけど。

チャットルーム内では既に暴言や荒らしで、
同級生トラブルも、見知らぬ他人とのトラブルも起きている。それを追い出す相談を学校でしてるんだよ、だそーだ。

グループには医者や弁護士を名乗る大人も参加していて、子どもらはその肩書きを結構、鵜呑みにしている。オフ会への誘いもあってそれは誇らしかったりもするんだってさ。

学校名をグループ名にのせる子がいる一方、
小学生であることを隠し、強い大きな子を演じる子もいるという色々な危うさだらけだ。

学校に来ない同級生が、朝4時にゲームの中で戦いを繰り広げていることも子どもたちは知っている。

自分のありたい姿を実現できる居場所が、
そこにはある。
その魅力、その魔力が一番危ういのかもしれない。

ネットの危険をレクチャーされて
頭では知っているはずの子どもたちが
それでもなお、怖いもの見たさも手伝って
ネットの世界に入りたがる所にも
難しさがあるな、と感じている。

街の灯が

千葉大の藤川先生が
スマホを持たせてよい年齢は?という質問に対して、年齢ではなく
「この子は繁華街の入口に一人で立たせても大丈夫だ」と思えるようになった時、と話されていた。

まさに繁華街。
素性を偽った不特定多数の大人と出会い
言葉を交わし誘われる。
普段キャッチセールスにだって声をかけられたことのない子どもたちなのに。

隣に座る我が子は、今、隣にいないかもしれない。
繁華街の入口に立っているのかもしれないのだ。
ゲームに夢中に見える目の前の背中は、
知らない大人からの誘いにのる寸前かもしれない。

娘の担任の先生は、毎年ネットトラブルを処理しているという大ベテランだが、ベテランだけに家庭の方針の違いや学校外のネットに指導の限界を実感しているようだった。

そして、今日も
ふつーの家庭のふつーの子どもが
安全な家の中で繁華街の入口に立っている。

子どもを取り巻く環境の変化に
なんだか脱力すること多いけれど、
やれるところから、やれることをやるしかないね。