学級崩壊の原因は1つではないことを知るー学級崩壊の歩き方(1)

学級崩壊、とひとことで言っても状況も程度も様々だ。

学級崩壊が、多くの保護者に知られた時

(それは担任の休職を知らせる臨時保護者会であったり、誰かが大きな怪我をしたことであったり、タイミングも様々なわけだが)

必ず出る質問がある。

「何が?誰が?悪いのか?」

特定の誰かを、何かを原因と定め、時に糾弾したくなる気持ちは良くわかる。

崩壊を多くの人が知るところとなった時、どの子にとっても被害ゼロということはないのだから。

誰しも今起きている事態を把握したい。

そして、意識しているか、していないかの違いはあれど

「我が子が原因ではないことを確認したい」想いがある。

親としては当然の感情だ。

わかりにくさ

けれど、学級崩壊は一つの要因では起こらない。必ず、複数の要因が絡み合って起こるのだ。

担任、管理職、集団としての児童、児童個人、児童の家庭、保護者、地域、市町村の教育委員会、都道府県の教育委員会など。

それぞれの資質、その時々の状況が複雑に絡み合って、化学反応を起こしている。

保護者には、その「わかりにくさ」に耐えることが必要だ。

簡単に状況が把握、理解できず、答えがない状況のまま抱えるのは、気持ち悪いし、大変なストレスなのだが、仕方ない。

学級崩壊が起きた時、原因は複数あるはずだという視点を持っていると、

崩壊を押し留める、あるいは立て直す一手が取りやすくなる。選択肢が広がる。

保護者同士、あるいは学校や地域との連携も取りやすい。

一方で、原因を誰かや何かに特定したいという力が強く働くと、集団として解決の為の思考が働かず、「お裁き」の空気が流れ事態は悪化する。

勿論、学校や教育委員会が様々な状況を隠蔽しないという事が前提での話だが、情報公開の度合いも保護者の姿勢に左右されがちで、そこは鶏と卵、といった側面もあるかもしれない。

還元

小学校の学級崩壊を我が子のクラス、隣のクラス合わせて、のべ9クラスで経験してきた。

授業が成立しない立ち歩き程度の軽い崩壊から、救急車騒ぎが連続し、生死を彷徨う子どもが出るほど荒れた崩壊まで様々な学級崩壊をどのように歩いてきたか保護者の立場からプライバシーに配慮しつつ、しかし今苦しんでいる人に多少なりとも助けになることを目指して、つらつら書いていきたいと思う。

隣のクラスを含めたのは、隣のクラスの崩壊も学級運営にダイレクトに影響があり、連鎖で学年崩壊へと繋がるからだ。

今、私や私の子どもの関わる学校は、有能で愛情深い管理職と熱意ある先生方、地域、教育委員等様々な方々の尽力のおかげで平和である。

学級崩壊を歩く中、地獄を見たこともあったけれど本当に沢山の方々に助けてもらい生き延びてきた。授けられた知恵と愛情を少しでも還元出来たらと思う。

今後、触れるのは基本的に、過去の事例で、関係者は既に転任、卒業したことを申し添えておく。